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踊町

長崎くんちの踊町

踊町(おどりちょう)とは、元は明治以前の長崎の旧市街で諏訪神社の氏子町の事をいいました。

長崎くんちの踊町は最初63町、それを3つに分けて1年に21町づつ(7日に11町9日に10町)の3年廻りで行われました。
明暦元年(1655年)この年より、当年11町・翌年10町として6年廻りとなります。
その後、寛文12年(1672年)77ヵ町となり、1年に11ヵ町づつの奉納で7年廻りが慣例となりました。 この7年廻りの慣例は現在も続いています。(参照

寛文12年の組み合せは次の通りです。(実施は寛文13年)

  • 上記のほかに丸山町寄合町が加わり13ヵ町が奉納する事となります。
昭和30年代の町界町名変更で、今では無くなってしまった町名などもあります。
また、昭和38年より踊町の再編成が行われました。

現在では、町の事情などで1年に5〜7町が7年廻りで当番を務めています。

最近の踊町組み合せ(現在43町)

踊町の概要

踊町は7年に1度まわってきます。当番にあたる町は、それぞれ自慢の演し物を持っていて、基本的に6月1日の小屋入りから練習を重ねて10月7日の朝、諏訪神社に奉納します。

踊町の1年

前年の12月頃)

踊町引き継ぎ=その年の踊町から翌年の踊町へ申し送りをする。

1月~4月頃) 

各踊町では、演し物の演目を決定したり、予算をたてたり町内に寄付を募ったりと大忙しの毎日を送る。

5月) 

6月1日の「小屋入り」の為に、人の手配をしたり打ち込み場所の確認などをする。また、曳物の町では囃子の練習をしたり道具類を揃えたりする。

6月1日)小屋入り

稽古はじめの日とされ、その年の踊町は早朝より町旗を先頭に諏訪神社八坂神社の2社に参拝し行事の無事を祈る。(以前は伊勢の宮にも参拝していたが昭和60年(1985年)から奉納されなくなった為、参拝は各町の自由となった)

午後からは、関係各所へ挨拶に回る打ち込みと呼ばれる行事がある。(おおむね、午後2時頃から6時位まで)

関係各所とは、その年の年番町と踊町それに長崎伝統芸能振興会は必ず回り、掛け町人や各町に関係のある方のお宅にも回る。
打ち込みは、囃子のある町は囃子を打って、本踊などで囃子のない町はしゃぎりのみを打って挨拶に行く。

7月~9月)

いよいよ、稽古も本格的なものとなり各踊町からは囃子の練習の音が聞こえてくるようになる。特に盆過ぎ(8月15日以降)からは本場所に出向いて練習を行う。これを場所踏みと言う。
また、町の庭先係は踊町の町々をくまなく回って呈上先を確認する。

呈上先は各踊町の町内各戸から提出してもらい、庭先係が町として回らなければならない所を追加し、効率の良い道順などを考えて3日間の庭先帳面を作成する。
その後、庭先帳面を基に呈上札1枚1枚に○○様と毛筆で書き入れていく。

10月3日)庭見せ(にわみせ)

各踊町でおおむね午後6時頃から10時頃まで各戸に傘鉾や演し物や衣装などを飾り、知人からのお祝いの品なども飾られて大勢の見物客で賑わう。
最近はビル化などで場所がなく、やむなく一括で飾る所もある。

10月4日)人数揃い(にぞろい)

各踊町でおおむね午後1時頃より、この年の奉納踊を町の皆さんにお披露目する。衣装も飾りも演技も本番通りに行なうので見物客も多く集る。

10月7日)前日お下りの日)

奉納踊りは諏訪神社で午前7時から始まり、その後公会堂前広場、お旅所とまわる。そのあとは市中へ庭先廻り

10月8日)中日

奉納踊りは八坂神社で午前7時から始まり、その後公会堂前広場へとまわる。そのあとは市中へ庭先廻り

10月9日)後日お上りの日)

奉納踊りはお旅所で午前7時から始まり、その後諏訪神社へとまわる。そのあとは市中へ庭先廻り

10月20日前後)花御礼

7、8、9日の3ヶ日が終わると庭先廻りで呈上した先から「御花」と言ってご祝儀が町事務所に届けられる。
10日間程、事務所でお受けした後、1軒1軒に「花御礼」と書かれた札を持って御礼にまわる。

参照

年番町
神輿守町

編集者(松尾)
このページは踊町に関する書きかけ原稿です。